元ひきこもりが神様や天啓を感じて心軽やかに生きていけるようになった話

元ひきこもりが神様や天啓を感じて心軽やかに生きていけるようになった話

こう
元ひきこもりのこうです
急に変なことを言い出しましたが
元々変なのでご安心ください

みなさんは、神様を感じたり

天啓を受けたことがりますでしょうか
僕は二回くらいあります
大丈夫です、通報したり救急車を呼ばないでください
ここでいう天啓とか神様は自分の内側から湧き出てきた
やっと働きに出ることが出来てもイマイチ不安が拭えない毎日でした
しかし神様を感じたことで
「生きていていいんだ」と実感することができ
自信を持って生きていけるようになりました
こう
・・・
大丈夫です法律を犯すようなクスリはやっていません
冗談抜きの特別な体験でしたし
同じようにすれば体験できるというものではないでしょうが
それでも
再現性のある話だと思います
自分に自信が持てない方
自己肯定感を育てたい方
ちょっと変わりたい方
今よりちょっと踏み出す勇気の欲しい方
是非、最後までお付き合いくださいませ

ここでいう「神様を感じた」とか「天啓」とは変な誤解を与える前に説明させていただきます

ここでいう「神様を感じた」というのは

ひきこもりで自身とは無縁の自分が

いままでとは真逆の感覚を持てたこと

あまりにも素晴らしすぎて

自分の力で手に入れたことではなく

誰かが与えてくれた

そんな風に感じたんだと思います

その誰を「神様」と表現するしか無かったのかなと、今では思います

わたしが「神様を感じた」事と、表現的に似ている漫画の話
「三月のライオン」で有名な羽海野チカ先生のもうひとつの代表作に
「ハチミツとクローバー」という名作があります
その中に主人公の一人であるはぐちゃんが神様を感じるシーンがありますそれは手にケガを負い厳しいリハビリに立ち向かわなくてはならない
そんなシーン、彼女は過去を振り返ります
クラスメイトがいるなか一人で絵を描いている中
唐突に
「自分が生きていられるのは、絵を描くことができていたからだ」と
ひとりの自分が生きていられる理由を知ることになります
そうして神様に感謝するのです
そして彼女は神様に感謝するとともに
もし絵が描けなくなったらこの命を返すことを誓います
だからリハビリに立ち向かわなくてはならないそんなシーンでした
念のため言わさしてください
マンガ読んだから真似してそんな感覚に襲われたとかじゃないすから
少なくとも漫画しるまえにぼくも神様感じてますからーーー・・・さておき「ハチミツとクローバー」名作です是非読んでいただきたいです

「神様を感じた」僕に起きた事と今だから行えるその時の分析

20年以上経ちますが、当時を振り返ることは容易です

そのくらい自分にとってはインパクトのある出来事でした

思い出すことはあったものの

分析したことはなかったので言葉にできるよう

あれはどういうことだったのか深堀してみたいと思います


ひきこもる理由は様々

私の場合細かい理由はべづの機会にお話しさせていただくとして

とにもかくにも自己肯定感の低さが大きな原因でした

なにをしても自身の無さが付いて回り

努力できず、何事も取り組めない始めれない

続けられない、そんな生き物でした

 

生きている価値を自分にみいだせないというか

不意に「〇んでしまいたい」「きえてしまいたい」

という感覚に襲われていました

ひきこもりから脱して、数年

この感覚は頻度は減ったものの依然ついてまわるものでした


中学は不登校になってから

本当に卒業式どころか写真撮影も含めて

一歩も学校には行けませんでした

同級生に見られて何と思われるのかが恐ろしくて

恥ずかしくてしょうがなかったのです

ひきこもりの間は他人の目を見る事ができませんでした

感謝する一方で家族に辛くあたることもしばしばでした

そんな自分が

ひきこもりから何とか脱出をして三年くらいの時だったと思います

アルバイトでしたが仕事をしていました

本を買いに出かけ
自転車に乗った
何気ない瞬間だったと思います
その瞬間は不意にやってきました
不意に
本当に不意に
自分に
「生きていて良いのかもしれない」
という感覚が芽生えました
いつもの逆です
同じような感覚で「きえてしまいたい」と芽吹いていた感覚の真逆が訪れました

こころの底から「生きていてもいい」そう思えたことがひさしぶりすぎて

こころの底から「生きていていい」と思えたのはひさしぶりでした

小学校1年以来でした

いやほんとうに

ずっと「〇にたい」「きえてしまいたい」と思っているわけじゃないです

でもずっと自分の中にあったものでした

ひきだしにしまってあるけれど、確かにそこにあるみたいな

それが「いきていていい」という感覚、自信に変わっていたんですね

 

感動しましたし

興奮しました

凄い勢いで自転車をこいで本屋に向かったのを覚えています

よっぽどニコニコしていたのでしょうか

店員さんがこちらを笑顔でみていたのも覚えています

普段ならみられたくなんてないんですが

その時は気にもならなかったというか

自信に満ち溢れていたのでしょうね

どうぞ、ご覧ください

といった感じでした

「生きていていい」と思えたことの考察と誰かが再現するにはどうすべきかの考察

「いきていていい」と思えたことの考察

「きえてしまいたい」などで

こころの引き出しが埋まっていた理由

自己肯定感の低さからはじまっていると思います

小学校低学年から

  • 人と比べて一番のものがない
  • 勉強もできない
  • 努力しようともしない

ないない

そんな思考に囚われていたと思います

ため込んで相談もできない

やっぱいり「ない」に囚われていました

そして不登校、ひきこもりになりました

マイナスを一生懸命貯めこんでいたし

マイナスに注目していました


このままではいけないという感覚は持てていたので

中学を卒業して半年掛かりましたが

親のコネをお借りして、バイトを始めます

そこで三年間働いていて

  • 自分である程度お金が稼ぐことができる
  • このまま進んでいけば生活はなんとなりそう
  • 少しでもやれば、自分でもできることがある

「行動」することで「結果」がでて

その小さなことに

自分自身でちゃんと評価を出せたんだと思います
大きな事業とか
大きな結果とか、社会的な成功ではありませんし
「中学を卒業してバイトしている人生の落第生」と
思うこともしてしまったかもしれません
でも、そうじゃない
人の目もみれなかった、ひきこもりが
三年曲がりなりにも働いたんです
言ってしまえば「働かなくてもよかった」
何かを積み上げさえして
「自分のこころが」納得さえしていれば
引き出しの中の嫌なものを
入れ替える事が出来る
そう思いました
こう
我ながらぽえむ

誰かが再現するにはどうすべきかの考察

  • 自信のない方
  • 自己肯定感の低い方
  • 失敗を恐れている方
  • ふいにおそってくるネガティブな感覚にこころ惑わされている方

そんな気持ちから脱出する方法とその結果を考察してみました

コンプレックスやトラウマから

ネガティブな感覚になると思います

しかし

全てを乗り越えることも

上書きすることも必要ないかもしれません


具体的には今できる一番小さなことからはじめる

ただ、ひたすらに小さな行動を積み重ねていきましょう

小さな行動とは自分が実際に今できる最小の事でいいんです

  • 腹筋が一度も出来ないなら仰向けでおなかにチカラを入れるところから
  • 絵を描きたいなら線を一本描くところから
  • 外に出たいなら服を変えるところから

今自分にできる一番小さい事からはじめましょう

自分を認めるには

遠いようで一番の近道です

 

自信が無かったりするのは

テストという評価基準であったり

こころ無いひとことであったり

あなたをどうにかしたい、しようとする人の言動のせいだったりします

誰かと比べて自信を失っているかもしれません

当たり前だと思うその環境が合っていないだけかもしれません

 

一歩目が一番大変です

ゼロから1にすることが一番大変です

例え踏み出したとしても

途中で諦めてしまうこともあるかもしれません

わたしも何度も途中で諦めました

「まただめだった」と

諦めるたびに自分を責めていました

しかし

一度やったことは積み重なり

力はついています無駄にはなっていない

なにかでみたこんな一つの文章で救われて

またがんばれたりしました

諦めたと思ってもまた踏み出せば

小さな積み重ねは続いています

ほんの少しでも変わりたいという気持ちがあれば

後押ししてくれるものもたくさんあります

 

いつか自分を許せる日がきます

いつか自分を認められる日がきます

そして神様に会う日がやってくると思います

 

安心してその一歩を出し続けてください

 

それでは、最後までお付き合いありがとうございました

↓反応いただけると、わたし喜びます

ブログランキング・にほんブログ村へ