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【ひきこもり脱出】経験談ひきこもり時代に両親の行動で嬉しかったこと

【ひきこもり脱出】経験談ひきこもり時代に両親の行動で嬉しかったこと

こう
中学不登校で
卒業後もひきこもり
様々な人の支えのおかげで
なんとか社会復帰した
看護師のこうです
今回は
ひきこもりや不登校の子をもつ親御さんへ向けて

の記事になります


いきなり自分エピソードで恐縮ですが
准看護師の実習中にこんなことがありました
実習最終日に担当の看護師さんと実習の振り返りをした時です
最後の方でなんの流れか忘れましたが
こう
「自分が不登校だったんです」
と、話したんです
すると、その実習担当者さんのお子さんも不登校だったそうで
少しだけ不登校からどう脱出したのかを離しました
最後にその方から
「もっと早くお話できていたら、よかったな」と言われました
看護師の実習担当なので
業務外の話ですし、話し込むようなことではないでしょう
だからこそ
(まじめで、きさくで優しい方でした)
だからこそ、業務以外の「話をしたかった」と言われたことが印象的でした
不登校にかかわっている人は多いんだなと思ったことと
困っている、悩んでいる様子もあり
わが子を助けるヒントが欲しいと思ったかもしれません

共感できる相手が欲しかったのかもしれません


ネットの海のなか
顔の見えない相手のたわごとに見えるかもしれませんが
当時のあの方と同じような気持ちで悩む方へお伝えできればと思い
両親にしてもらって嬉しかったこと
当時は伝わらなかったけど、今は感謝していること
経験談をメインにお伝えしていきます
なにか一つでもヒントになれば幸いです!
少しは精神科看護師らしい解説も入れられたらと思います
ここまで読んで興味の湧いた方
こう
是非、最後までお付き合いくださいませ

両親はわたしへの関心を示してくれた

両親はわたしに愛情、関心を向けてくれました

もう、それだけでありがたい話ですが

それだけではなく、素晴らしい行動もとってくれていました

両親は最後までわたしの話を聞いてくれた

両親はわたしの話を

口を挟まずにに最後まで聴いてくれました

耳を傾けて聴くことを「傾聴」といいますが

わたしに対して地でやってくれていました

答えがみえているようなことなんかは、つい口を挟みたくなりますよね

ですけど、両親はいつもわたしの話を聴いてくれました

(そんな時ばかりじゃないですし、口をはさまれることもありますが)

大事な時はじっくり聴いてくれますし、なにより

「両親はわたしの話を聴いてくれる」という信頼感は絶大なものがあります

それでも、不登校でひきこもり絶頂の時

人の目もろくにみれないときは

両親にすら本心を言うことはできませんでした

こう
あたし
ざんねんなこなんですでも何とかなったりします
誰にでも希望あります

【解説】人の話を最後まで聴くことで信頼関係を得る事が出来る

人の話を聴くことで信頼関係を構築すること

これは子どもに限ったことではありません

誰に対してもそうです

 

同じ意見を言うにしても

「聴いたうえであなたの言いたいことはこうですか?」

と、理解を示したうえで意見をいうのと

 

相手の話を遮って

正解や正義を振りかざしたり

自分の意見を押し付ける事では

どんなに正しかったとしても

信頼関係を築くことは難しいでしょう

 

心理学や看護学でも学んできたことで

両親に感心しきりです

先輩の自慢よもやま話
仕事の先輩で自慢話を朝までするような人がいました
元気だなぁと思う一方で話を聴いてもらえないから
抵抗できない後輩にするんだろうなと思いました後輩が自分の立場を考える時
先輩の話は聞かなきゃ
そう考えるのを察するというか
強要するというかなにハラかは知りませんが
自慢話というか、会話とはいえない
一方的に話して、心地よい返事が欲しいんでしょうけど
いや、そう思ってすらなかったかもしれません
「俺の話、面白いだろ」とすら思っていたかもそんな経験があるせいか
仕事の話ですら
わたし後輩にお話しするの苦手です・・・^^;とりとめのない、よもやま話でした

両親はひきこもりや不登校について「説教」はしませんでした

両親は説教くさいことは言いませんでした

毎日や定期的に言われていたら

いい方向に転んだとはとても思えません

言いたかったのか

逆効果だと、心の底から理解していて

言いたい気持ちすらなかったのか

わかりませんが

わたしに対する行動としては、「説教」はしませんでした

 

なのでわたし的には「説教」で気持ちが追い込まれることはありませんでしたし

家は安全地帯でした

両親はよいと思うことは「提案」はしてくれていました

「不登校の子たちが集まる場所があるから、行ってみないか」
(参加できて、すごく救われました)

「卒業写真を撮りにいかないか、誰にも会わないように配慮してくれるよ」
(行けませんでした、卒業写真は中一の時のです・・・!)

「行けないのはしょうがないが、後から勉強するのは、父さんもそうだったけど、大変だぞ」
(勉強がトラウマなので、まったく努力しませんでした)

ひきこもり、不登校になる原因は様々でしょうが

自分に自信がない場合

思考も視野も世界も狭く狭くなっている場合が多いでしょう

選択肢を与えてくれ

かつ

わたしに選ばせてくれました

今は超感謝していますが

当時は、自分に自信がない事を認めたくなく

鬱陶しい態度に出したりしていたと思います

でも、感謝もしてはいました

こう
まじ
なんなんですかね
このク〇野郎はタイムマシンあったら
首根っこひっ捕まえたいあと、株式投資を教えたい

両親はやりたいと言ったことは応援してくれた

やりたいことは金銭の許す範囲で応援してくれました

自分も小遣い以上のことはそう言いませんでしたが

家から出たくなかったのでスキルを身につけることが出来れば

家にいて働けるのではと

当時の通信教育に手をだしたりしました

一切身になりませんでした

だって

やらなかったですから

こう
まじ
なんなんですかね
このク〇野郎はタイムマシンあったら
説教したいあと、爆上がりする株を教えたい
それでも、応援してくれた
見守ってくれたことはありがたかったです
「わたしは、だめなやつだ・・・」
と再認識してしまいまい
自尊感情を傷つけましたが(自業自得)
その後に高校に進学したのですが
「自分だけではやり切ることができない自分」
を知っていたので
高等学校卒業程度認定試験ではなく
高校に通学しようと決断できたのでした

両親は家庭や生活を守ってくれた

わたしにとって家庭は安全地帯でした

わたしが家庭を脅かしていたと思いますが

それでも両親は家庭を生活を守ってくれました

わたしが不登校でもひきこもりでも笑顔がある家庭でした

(もちろん、雰囲気悪い時もありますけども)

 

親が甘やかすからひきこもりを継続してしまう

という議論もあるでしょう

生活がままならなければひきこもってもいられないので

その考えは一部正しくあると思いますが

 

こころが病んだ、弱った状態で社会に居続ける危険があるもの

間違いないのではないでしょうか

ひきこもりを甘やかすなどの議論はさておき

こう

家庭環境がいいことは
いいに決まっています

わたしが不登校なこと以外、日常は変わりませんでした

両親は変わらずに働きに出ていきました

(母が仕事を減らしたことはあったかもしれません)

家族で出かける事もありました(ご学友に会わない遠いところ)

基本的に腫物を触るような感じになることもありませんでした

わたしがお出かけを拒否することはありましたが

声はいつもかけてくれていました

不登校やひきこもりで両親が口論になるところも一度もみたことはありませんでした

ありがちな

「お前の教育が悪かったんだ」

「あなたが仕事ばかりだから」

そんな会話に準じたことは少なくともわたしの耳には入りませんでした

母は仕事先の不満をよく言う人でしたが

わたしや、父の不満を本気で嫌そうに言うことはありませんでした

父はよく話すけど、話さない人でもあります

話しかけないと話さないみたいな

こう
責められないのは
大変ありがたかったです

よく両親で話し合っていましたが、内容は聞こえてきませんでした

週に何度かは両親は話し合いをしているようでした

TVを観ているといつの間にか二人がいない

別の部屋で話をしている様子でした

気を使ってくれている

きっと話をしている

怖くて聞き耳を立てたことは一度もありません

遠い部屋から、声が荒ぶる事もなかったですし

呼びつけられることもありませんでした

なので、話していること自体が

恐怖ではなかったです

こう
もしかして
全然違う話だったかもしれませんしね住宅ローンの借り換えとか

両親は家族の楽しみを作ってくれた

クレヨンしんちゃんの映画とか

家に帰ると妻が死んだふりをしています

など、家族エピソードの感動ものの話に超弱いんですが

 

人からみたら

たいしたエピソードでもないんですけど

思い出したら目頭が熱くなりました

週に一度レンタルビデオを皆でみるのが楽しみだった

貧乏ではなかったですが

裕福でもなかった家庭です

 

家は建てたばかり

バブルははじけて経済の見通しは悪い

そんな時代だったと思います

 

しかも、不登校、ひきこもりの子どもをかかえて

不安がなかったわけではないでしょう

心配がなかったわけないでしょう

 

「ビデオを借りに行こう」

どんなふうに声をかけてもらったのかも忘れてしまいましたが

毎週レンタルビデオを借りに行きました
家族でビデオを観てとても楽しかったのを覚えています
「天地無用」というアニメにハマったのを覚えています
シリーズものでした
一度に全部借りませんでした
こう
来週もまた家族で観たい
この時間が続けばいいと
楽しい時間にしがみついていた気がします
人の目がみれない、人がこわい
自尊感情が低くても
消えてしまいたいという願望があったときにも
より、落ちるのを防いでくれたブレーキになってくれたのが
この幸せな時間だったようにも思います

両親は毎週の楽しみをつくってくれました

楽しみな時間は家族との時間であり

今考えると「幸せな時間」だったと強く思います

「幸せな時間」はダメな自分がよりダメになるのを

防いでくれていたと今では思います

【解説】社会的繋がりがマイナス行動を思いとどまらせてくれる

犯罪や自傷の抑止力となるのが

社会的繋がりといわれています

社会的繋がりが多かったり、強かったりすると

より強固なブレーキになると言われています

自暴自棄にならないよう

生きようと

踏みとどまらせてくれるチカラとなるのが

社会的繋がりです

対象によりますが

家族に限らず、色々なアプローチができるといいかなと思います

両親は「ひきこもり、不登校」について学んでくれていた

全国初の不登校でひきこもり

前例のないパイオニアではありませんが

人が経験しているとはいえ

両親にとってわが子が不登校でひきこもりになるのは初めての経験でした

事前に不登校になると想定して勉強はしていません

直面した家族の問題に

両親は葛藤があったかもしれませんが

しっかり、自身の問題として取り組んでくれていました

書籍、ネットワーク様々な形で不登校について

勉強してくれていました

 

嫌われる勇気で有名なアドラー心理学心理学に

課題の分離という考えがあります

ことわざにして例えられるのが

「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」

というものですが

両親は根気よく、水を飲もうとしないわたしに

働きかけてくれました

そして

馬を水辺に連れていく方法を根気よく

学んでくれていました

両親はひきこもりの親通しでネットワークをもっていた

特に母親はひきこもりの子をもつ

同級生の親に話を聞いたりしてくれていたようです

親自身が孤独感や劣等感に苛まれないように

バランスをとってくれていたことは

「家庭や生活を守る」ことに繋がっていたと思います

両親は学校や専門的なところにも相談にいっていた

学校や専門的なところと相談してくれていました

わたしの場合、「不登校児の集まり」に顔を出すことが

だんだんと出来るようになっていきましたが

  • 親が相談を受け
  • 情報を判断し
  • 提案してくれたことで

復帰の一歩を踏み出せたと思います

他にも相談内容はあったと思いますが

情報を精査して自分の子に

なにがいいのかを考えて提案

してくれたことは本当にありがたいことでした

こう
あれやだ
これやだ
と断ったことも沢山
ありますが
今考えると超ありがとうございます

【解説】相談することで道が開けることも多い

社会と繋がりを持つことで
社会資源を利用する事ができる可能性が広がります
社会資源とはこの場合ですと福祉とか医療とかですね
公的なサービスになります
専門家も沢山いますし、合う合わない当然あるとは思いますが
個人や時間で解決出来ない場合は
見通しの暗さに息が詰まっていくかもしれません
ひきこもりの本人が社会的繋がりを持てない場合
親が窓口になることで解決の糸口になる場合も多いと思います
勇気を出してくれた両親に感謝しています

当時は理解は辛かったけれど今は感謝している親の行動


当時は自分の意見が通らなくて

憤慨したことを覚えていますが

自立してお金の価値を知ったとき

社会を知ったとき

当時の自分が甘かった

ダメな奴だったと反省すると共に

ちゃんと考えて止めてくれた両親に感謝しています

高めの情報商材の申し込みを断ってくれた

絵の通信教育だったと思います

多分年間100万円近くしたかなと

当時の自分は「誰かがどうにかしてくれる」

というマインドが強く隠し持っていました

違う商材もやりましたが(もう少し安いもの)

全然真剣には取り組みませんでした

見透かされていたんだと思いますし

なんの身にもならないものだと判断したのでしょう

「やってみたい」という希望を

丁寧に丁重に断ってくれましたが

わたしは憤慨してギャーギャー騒ぎました

こう
タイムマシンがあったら
首を抑えに行きたいです
あと、Amazonの株を買うように
伝えたい
必要なもの、不必要なもの
しっかり考えてくれた両親に
申し訳ない気持ちでいっぱいです
当時のわたしと向き合うことは
面倒くさく、骨が折れたと思います
まっこと申し訳ありませんでした

【ひきこもり脱出】経験談ひきこもり時代に親の行動で嬉しかったこと

今でこそ両親への感謝は絶えませんし

自立した生活が出来ているので

少しは安心してもらっていると思っていますが
当時は迷惑、心配かけ通しでした
あたらめて、すみませんでした
そして、ありがとうございました
過干渉すぎない関心をむけてくれた
家庭を安心できる場所にしてくれた
情報を提供してくれた
ひきこもりや不登校の子をもつ親御さんへ
なにかのヒントになれば幸いです
それでは最後までお付き合いありがとうございました!
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